BPでは6年間、長い期間で勤めた。振り返ってみると、僕がBPに入った時にBPはだいぶ違う会社だった。6,7人の受託開発をする会社でほぼすべての受託案件は常駐だった。最初の1年間が一番忙しかった。そのときに入った案件は4,5ヶ月で終わったけど、他のメンバーとよく頑張ったせいか、その後、次々と案件が入ってきて、仕事がどんどん増えてきてきつくなった。それで、入社してから大体1年経ったところから会社が徐々に大きくなってきた。それとともに会社が信頼されて、常駐開発ではなく持ち帰って会社のオフィスで仕事をできるようになった。

その後、Pythonを持ち上げたり、connpassという自社サービスもやったり、いろいろおもしろい仕事ができた。

Pythonについて

BPに入社したころ、Pythonで仕事できる会社って相当なかった。ま、あったかもしれないけど、コミュニティもバラバラで、Pythonで仕事したい人はどこで勤めたらいいかがわかりにくくて、苦労した。日本に来てから2年の頃で、その間ずっとPHPやったりして、そろそろまたPython触りたいと思ったとき、ちょうどPython温泉があった。それで、Pythonに興味ある人と出会って、BPに紹介されたから、僕は結構ラッキーだった気がする。

Pythonは海外で並の言語なのに、日本では代表者が少なかったけど、BPにいる間に、BP自体が大きくなって、PyCon JPもできて、他にPython使っている会社が増えてきて、とても素晴らしいと思っている。

Connpass

開発が断続的だったけど、6年間の約半分がconnpass開発だった。そのconnpassを開発した後半の3年間ぐらいはあっという間に終わった気がする。会社は受託開発がメインだったが、自社サービスもできて、エンジニアのスキルアップ、会社のイメージアップ、色な影響をもたらすことができた。

自社サービスで受託開発以上、勉強せざるを得なかった。技術面ももちろん、サービスのコンセプト、どういう機能を作るかの意志決定など、いろいろ大変でした。今まで技術だけ考えればよくて、他のメンバーに頼らず、一人で出来たことが多かったが、よりいいサービスを作るために、以前より自分の弱点を理解し、チームのメンバーに頼る必要があった。とても勉強になった。特に今年は、開発プロセスがうまく固まってきたことで、リリースした機能は最大のインパクトを与えた気がする。

BeProud

ホームページにBPのミッションはこう書かれている。

IT業界発展の一翼を担う存在として、 IT技術(開発方法論・設計技法・実装技術およびそれらの活用方法)について日々絶えず研鑽し、 成長すること。 そして、そのたゆまぬ研鑽の結果である高度な技術力を用いて、 ITサービス、ITシステム・ソフトウェアプロダクトの開発に大きな力を発揮し、 社会に貢献すること。

社会や、会社は信頼でできて、その信頼が強くなることで、仕事が増えたり、機会が増えたりする。社長はそういうことをよく言いました。ホームページの「ビープラウドの求める人材」に「信頼を大事にする人」が一番上に書いている。

僕にとっては、BPで仕事したことで、自分の成長もできて、たくさんの仲間もできて、とても楽しかった。それは、なぜかと考えると、やはり、僕の考え方と社長のビジョンがよく合ったからだと思ってる。BPではそのビジョンに合っている方、ようするに信頼できる方が集まってきて、いい環境になったと思う。

ビープラウドという会社名だったが、なんでビープラウドなのか知ってる人が少ないと思います。社長は仕事に誇りに思える会社を作りたかったから、 そういう会社名にしたらしい 。 そういった意味でいうと、僕はBPでできた仕事をとても誇りに思っているので、BPで仕事してよかったと思っている。

これから

次の仕事は何をするかまだ決まってないけど、もう過ごししてから見えてくると思うので、ぜひ期待してください。 BPで支えてくれた皆様、ありがとうございました!

Feiz & Me